蝋燭能「大江山」を観に。

千駄ヶ谷の国立能楽堂で行われた蝋燭能に行ってきました。

演目は、狂言「八尾」と「大江山」。

能にしてはとても派手な演目。
こういった演目を見るのは初めてだったのですが、見応えがあってとても愉しめました。

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蝋燭の灯りがゆらゆらと幻想的にゆらめくなかでの上演。

狂言「八尾」は、閻魔大王と罪人が登場する喜劇。

仏教の浸透でみんながゾロリゾロリ(狂言はこういう言葉の響きが面白い)と極楽浄土に行くようになったせいで、人員不足で危機的状態(経済危機?!)らしい。
それを嘆いた閻魔大王が六道の辻で亡くなった方を待ち伏せして・・・というお話。
昔、ネンゴロだった(!!)お地蔵さんからのお手紙をもった罪人との掛け合いがとても楽しかった!

狂言は、能面とば別に「狂言面」というお面をかぶって演じることがあるのですが、素顔で演じるものしか見たことがなかったのでとても新鮮でした。
また、お囃子も地謡も入っていてちょっと能のようで何とも贅沢。
そして、「大江山」はちょっと切ない酒呑童子退治のお話。

あらすじ
丹波国大江山の鬼退治の勅命を受けた源頼光の一行は、山伏に扮して酒呑童子の隠れ 家に一夜の宿を求める。「私が酒呑童子と呼ばれるのは酒が好きなためで、酒ほど好 いものはない」と言っては上機嫌で一行に酒を勧め、重代の住家としていた比叡山を 追われて、国々山々を転々とめぐり、この地に隠れ住むようになった次第を語る。や がてこの隠れ家を他言してくださるなと固く約束し、酒に酔い伏しそのまま寝床へ 行ってしまった。 頃を見計らい、頼光がその閨の中をうかがうと、酒呑童子は恐ろしい鬼神の正体を露 呈しながら眠っていた。頼光は独武者とともに鬼神に斬りかかり、ついには首を打ち 落とし、都へ帰るのである。(大槻能楽堂より引用)
確かに人間にとって悪いことをいつも色々している酒呑童子ですが、せっかく歓待してくれたのに、退治されてしまう仕打ちはなんだか可哀想。。
こちらのシテ(酒呑童子)は、人間国宝の友枝昭世さん。(宮島での観月能に引き続きの拝見!)
前半のご機嫌で宴会を催して酔って寝入ってしまうする可愛げのある童子の姿、寝込みを襲われたときの鬼の姿。
装束も変わりますが、1役でこんなにも印象の異なる雰囲気になるものなのかと驚きました。

最後の、大人数での激しい乱闘シーン(「舞働」と言うそう)では、抵抗する酒呑童子が相手を鞭のようなもので叩く「ピシピシ」という音が聞こえたり、かなり激しい立ち回り。
見応えがありました。

また、この演目には、狂言師の方も2人登場します(アイ狂言)。
合間に軽快なやり取りが入ってスパイスになっているところも愉しい。寝入らずにすみます。笑
とはいえ、途中やはり気持ち良くてちょっとウトウトしましたが。。

以前、能についての講演を聞きに行った時に大御所の演者の方が「客席で気持ちよく眠る人を見ると、今日はうまくいっているなと嬉しくなる」といったことをお話しされていました。
「良い能ほど気持ちよく寝られる」というようなこともおっしゃっていて、印象的でした。

能はストーリーを追う演劇的な要素の他、謡やお囃子の心地よさ、舞の美しさも魅力です。
魅入りながらもあまりの心地よさにちょっとうたた寝してしまう、能動的な愉しみ方だけでなくこの心地よさも愉しみ方だという考え方は、なんとも贅沢ですね。

今回は、初めて能を見るという方を一緒にお連れしたのですが、美しさ面白さ心地よさなど全てを堪能されたようでとても愉しんで下さいました。
現代語とはちょっと違うセリフや謡について、「単語や言いたいことはなんとなくわかる」「最初聞き取れないけど、段々聞こえるようになる」ところが英語みたい!という感想がとても新鮮でした。
(確かに!)
いろんな方と一緒に観に行くと新たな発見があって、それも楽しさだなぁと思った次第です。

 

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せっかくの機会だったので、ウキウキちょっとおめかしして出掛けました。
祖母の好みという着物を借りて。
(帯は、ダリヤではなく菊です!!と強く主張。笑)

 

小俣荘子(omata shoko)
クラシノキカク 代表 / ディレクター・コラムニスト・施術家 衣食住にまつわるコンテンツの企画・ディレクション。頭蓋矯正と深層リンパドレナージュを中心とした身体を美しく健康的に整える施術。 「心地よい暮らし」を切り口に、心と身体の双方から健やかに日々を愉しむ提案をしています。

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