才能を見つける、言葉のgift

今日はバレンタインデー。

大切な人やお世話になった人に、愛情や感謝を伝える日。

贈り物の話を書いてみることにしました。

 

2016-02-12 00.03.28
完成度の高さに思わず買ってしまったスターウォーズチョコ。
夫にあげたら、いっこしかない貴重なダースベイダーを私にくれたっ‼︎(心得ていらっしゃる…)
※本記事とは無関係なエピソードでした。

 

英語のgiftという単語には、「贈り物」の他に「才能」という意味があるという。

「天からの贈り物」という意味なんだよ、と教えてくれた友人がいて、なるほどなぁと感心した記憶があります。

確かに、「天から与えられた才能」なんて表現は日本にもあるもんね♬

 

ところで、「才能」って自分で見つけるのがすごく難しいものではないですか?

私は自分で「これが才能です!!」って言えなかった。

それは、自分自身への自信のなさでもあり、批判されないためのズルさでもあるんだと思う。

 

 

自分で「これは!」と気付く事ってあるかもしれないけれど、それは他者からの反応だったり、何か比較対象があった時に起きる気付きで、自分ひとりの力で見つけるのは難しい物であるように感じるのです。

 

そんな自分の才能、どうやってみつけよう?

(誰にも才能はあると思う。その言葉に抵抗があるなら特技とか強みって呼んでもいいのかも)

私が、自信は無くても「これはそうかな?」と勇気を持って認めようと思えたのは、他者からもらった言葉がきっかけでした。

 

最初は母の言葉。
突然、母から「フェイシャルでも習いにいったら?」という提案を受けたのです。

※色んな事に自信を無くして身体も壊してもう社会復帰出来ないんじゃないかなぁと思っていた時期、会社に復帰するための体力作りにどこかへ定期的に通う事を主治医の先生や人事に勧められていたときでした。

 

私の「手」が、女性の顔のような柔らかくてデリケートな場所を触るのに向いていると思ったのだそう。
(母も施術の仕事をしていて、何となく日々感じている傾向や実感だったそう。)

 

私の手はポテっと厚みがあってフカフカしていて、だいたいいつも暖かい。指もプニプニしている。

手のひらより指が短いし、ポテポテした赤ちゃんの手をそのまま大きくしたような子どもっぽくて色気もなくて、指輪もネイルも似合わない、大人の女性の手では全然なくって、そんなところがコンプレックスだった。

だけれど、確かにオールハンドのフェイシャルやマッサージは、柔らかくて暖かい手、女性の小さな顔にも収まる手の方が、受けていてより気持ちが良い気がする。

 

「こんな手が向いているのか?!」「こんな手が喜ばれる世界があるのか!」と、ハっとした。

 

そして、意識した事はなかったけれど、容姿コンプレックスが子供の頃から強かったからハタチ前後を中心にエステだけで100万円以上つぎ込んで受け慣れていたし、マッサージや整体に行って身体を整えてもらうのはすごく好きだし、苦手な業界だと思っていた仕事(化粧品メーカーに勤めていた)で学んだ事も生きる世界。

実は向いているのでは?と思えた。
全然思ってもみない世界。

それどころか、手は私の好きじゃないところだった。
もしかしたらコンプレックスに思っていることにだって才能が隠れているのかもしれない。

 

色々考えて、フェイシャルだけでなく、自分の力で綺麗になれるように身体を整える(内側から綺麗になる)ことが出来るようになりたかったから、頭蓋骨(小顔)矯正も習得することに。その時は仕事になるかも考えていなかったけれど、今こうしてそれを生業にしている自分がいる。

 

実は、はじめは恐る恐る始めた施術の仕事。
パートナーとして一緒に施術をしてきたしなもんさんやお客様から「小俣さんの手は癒しの手だね」と何度か言われた事があって、すごく嬉しくて、勇気づけてもらえた。(ずっと覚えている言葉。)
母の言葉をきっかけに習って、ハマって始めた仕事だったけれど、ほんとに向いてたんじゃないかなぁと思えるようになったのは、そんな周りの言葉が貰えてから。

 

自己肯定感をどうやって持つかという話で、「自分で自分の事は信じられなくても、自分を信じてくれる友人を信じる事は出来る」ということを以前参加した夢に関するセミナーでコーチの大下千恵さんが言っていて、すごく腑に落ちた。

 

 

日々、施術をしていると、もっとこうしてあげたい!とかもっと上手く調整する方法はないのかな?とか、思い通りに行かない時もたくさん出てくる。

クライアントの理想のコンディションにするのに力及ばず悔しい思いもする。

だけれども、そんな時に思い出して「もっと頑張ろう、精進しよう」そう思って粘れるのは、周りがくれた言葉や、信じてくれる人がいるお陰だと思う。

施術は、仮説と検証のくり返し。
立てた仮説で施術して、身体の反応を見て、クライアントからフィードバックを貰って、もっとよくなるように施術して・・そうして少しずつ健康的に美しい身体や健やかな心のコンディションを整えるお手伝いをさせてもらう。

自分の自信だけではどうにもならない。
信じて大事な身体を預けてくれる人がいて初めて成り立つこと。

コンディションが良くなると、帰りに「ありがとう!」と言葉をかけてくれるお客様。

いえいえ、信じてくれるあなたのお陰で私は自信を得て生きていられるのです。しみじみそんな事を思います。

 

自分の才能(強みや特技)に気付いてそっと教えてくれる人。
その言葉が、人生においてすごく大きな贈り物なんじゃないかな?そんな風に思ったのでした。

 

小俣荘子(omata shoko)
クラシノキカク 代表 / ディレクター・コラムニスト・施術家 衣食住にまつわるコンテンツの企画・ディレクション。頭蓋矯正と深層リンパドレナージュを中心とした身体を美しく健康的に整える施術。 「心地よい暮らし」を切り口に、心と身体の双方から健やかに日々を愉しむ提案をしています。

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