「風立ちぬ」観てきたぬ

 

終戦記念日は過ぎてしまいましたが、観に行ってまいりました「風立ちぬ」。


「観て良かった映画」と「映画館で観て良かった映画」ってあると思うのですが、こちらは明らかに後者。
本当に美しい映画でした。大画面を前にしての心地よい浮遊感も愉しめます。
まだの方はぜひ!
(公式サイト→

 

ちまたでは、賛否分かれるだとか、エゴが酷いとか、煙草描写についての議論なんかが盛り上がってますが、
私、ちょっと本論からそれたところが気になってしまって。。

風立ちぬの真っ当な感想文を期待される方にこの記事はお勧めしませんので、
あらかじめご了承くださいませm(_ _)m

私がいっちばん衝撃を受けたのは、この上に貼った画像のシーン!

えーっ!!!婚前の男女が外で(しかも女の子のお父さんが通るかもしれない場所で!!)、ちゅ~なんてしちゃうのー!?

 

くだらなくってすみません。。( ̄.. ̄)


でも、でも!!

これって、「昭和(後期)生まれ」からしたらちょっと衝撃ではありませんか??

アラサーの私が具体的にイメージできる「昔のヒト」っておじいちゃん世代くらい。
第2次世界大戦で大変な思いをして、苦労して戦後の日本を作り上げてきたヒトってイメージが関の山。

コドモの頃から聞く話も戦争や戦後の焼け野が原での苦労話が大半だった気がします。
(小学校とかで夏にお年寄り招いて聞く話も戦時中の内容。←そういう企画だから当然なんだけれど。。)

そして作られるイメージが、割と禁欲的で我慢・忍耐を強いられ苦労してきた方々。
結婚はお見合いがスタンダード。
公衆の面前でイチャコラするのダメ絶対!! ←ここ重要

じゃなかったけ??
(あくまで私の偏見です)
劇中でとても印象的だっのが、ストレートな感情表現。

男性が面と向かって(時には公衆の面前で)「好きだよ」「愛してるよ」って言ったり、
抱きしめたり、抱き合ったりキスしたり・・・。
※主人公のキスに関しては、彼女が肺結核だから、あえて意識的にしているのかも・・と思いつつも、
劇中チュッチュしまくりでドキドキ動悸がするレベル。オトナなアニメだったわ。。w

感情をこんなにストレートに表現するんだねぃ。
(いきなりこんなシチュエーションに出くわしたら、私はリアクションに困ってしまいます)

私がコドモの頃は、こういうストレートだったりオープンな振る舞いをするヒトがいたら、
「欧米かっ!」(死語?)ってツッコミいれられるような、どちらかというとネガティブな反応をされそう。
第二位時世界大戦前後での感覚の違い??

もし、主人公の二郎さんのような人が当時たくさんいたのなら、
この時代のほうが輸入された(西洋人的な)感覚が今より自然に溶け込んでたんじゃないかなぁと思った次第です。
(二郎さんエリートだし、その彼女も外国語堪能な才女だから、一般大衆っていうにはちょっと遠いけれど)

開国~明治維新あたりを描くドラマ(例えば今なら大河の「八重の桜」)見てると、エリートたちは頑張って振る舞いやメンタル面でも西洋風になろうとしてる。
この流れからいくと、大正生まれ世代の感覚って恥ずかしがらずに西洋風でも不思議じゃないよね。
ヨーロピアンネイティブ(デジタルネイティブ的な意味で)世代。

この時代(ハイカラな人たち?)って知らない感覚の文化で新鮮。

奥ゆかしさや恥じらい(上品さ?)と、ストレートな愛情表現が両立できるって、
なんだか羨ましいような気がしました。
とはいえ、もしもへらい(夫)が真顔で「好きだよ~」「キレイだよ~」とか言ってきたら
「キモいわっ!」と突っ込まずにはいられない「昭和のオンナ」なワタクシです(笑)

※以前、職場で「あたくし、昭和のオンナですから(キリッ)」というセリフが流行りました。
インターン生に平成生まれが登場し始めた頃。
「古風な考え(=戦後の昭和的価値観)のヒト」って意味でネガでもポジでも使用可能。
ここでいう「昭和のオンナ」はきっと「大正のオンナ」よりある意味「古風(シャイ)」だったんじゃないかなぁなんて。

 

一方、仕事観は「男は仕事してこそ」だったりする。

これがミスマッチに思えて、すごく不思議だった。
男は仕事!系の感覚=硬派女性に素直な愛情表現をする=軟派って、相容れない両極なイメージだったので。

当時の人にとっては、
奥ゆかしさと男女差(男はシゴト、女は支えてナンボ)とストレートな愛情表現が混在するのが
普通の感覚だったのかな。。

余談ながら、
前々日の夜中に「うさぎドロップ」観たところだったから余計にギャップを感じたんだと思う。
(「うさドロ」は映画はさておき、漫画はちょーお勧めです!!)


うさぎドロップ コミック 全10巻 完結セット (Feelコミックス)

うさドロの主人公・大吉は、
ある日から急遽、小さい女の子を引き取って育てることになる30歳の仕事バリバリの男性。
その彼は、女の子を育てるために出世できそうな今の仕事を離れて「定時で上がれる部署への異動」を上司に懇願する。
今の感覚からすると、こんな大吉を素直にかっこいいと思う人は多いはず(イクメンの鏡!みたいな人です)。

一方、風立ちぬの二郎さんは、死にそうな彼女の看病ではなく仕事をとる。
この2人の仕事の「その人じゃなきゃダメなミッション度合い」は違うにしても、二郎さん、迷わないのです。
そもそも選択肢が、山の上の病院に彼女が1人で入院するか、二郎の住まいで2人で暮らすかの2択だから!
(仕事を離れる選択肢はない!のです)
さてさて、映画見て帰ってきた我々。
昨晩から「うさドロ」再読しております。

↑大吉キブンで漫画を読むウチの夫。


以前、私が身体壊して寝たきりになった時、
へらい(夫)は早く帰れる仕事を回してもらうように上司に掛け合ったり、
病院行く日は会社休んでくれたり、介護休暇(介護ではなく看病だから無理なんだけど)とれないか相談したり、
その後は私の将来設計に合わせて会社を辞めることを選んでくれた人でした。
有り難い、間違いなく大吉なタイプ。

今アラサー世代の私たちにとって、大吉は一つの理想像なんじゃないだろうか。

ヘタレな私は、戦時中に生きてて病気になっても菜穂子(二郎さんの彼女)みたいに
けなげに支えたりは出来なかっただろうなぁ。。
この時代に生まれて、この配偶者でよかったナァ。。

そんな私のボヤキはさておき、さらに脱線しますが、
佐々木俊尚さんの「レイヤー化する世界」を読んで、
今のこの時代が、やっとたどりついた最先端の完成した世界ではないんだなぁということを知りました。
※この本、とても読みやすくて興味深いのでオススメです。

「自分の常識」って歴史の中ではホンの一瞬の感覚でしかない。

「風立ちぬ」の世界に対して、古い感じと新しい感覚が混在してるって考えちゃうこと自体ナンセンスなんだろなぁ。。
とはいえ、今の私の感覚からすると硬派と軟派のマリアージュはなんとも不思議です。
これがおとぎの国な設定じゃなくて、実際に日本にあった時代の1つなんだということがちょっと嬉しかったです。

いやぁ、二郎さん。ドキドキしたわ~笑

小俣荘子(omata shoko)
クラシノキカク 代表 / ディレクター・コラムニスト・施術家
衣食住にまつわるコンテンツの企画・ディレクション。頭蓋矯正と深層リンパドレナージュを中心とした身体を美しく健康的に整える施術。
「心地よい暮らし」を切り口に、心と身体の双方から健やかに日々を愉しむ提案をしています。

2013-08-18 | Posted in 映画・観劇No Comments » 

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