クラシノキカク

沖縄の歴史と、ものづくり

先週は、沖縄のものづくりの取材に行ってきました。

気候に寄り添って、時代に応じてしなやかに変化しながら受け継がれてきたもの、また、新たに生まれたものづくりにたくさん触れられた取材。色々と反芻しながら記事を書き始めています。

 

光を通すブロックは沖縄の気候から生まれた「花ブロック」。
台風から家を守り、日陰をつくりつつ、風邪を通す。差し込む光も美しい。

 

こちらの写真に写っているのは沖縄県立博物館・美術館。

 

現地でお世話になったカメラマンさんがお勧めしてくださって、帰りの飛行機に乗るまでの時間に博物館を訪れました。

 

この場所、行って本当に良かった。

 

琉球王朝の時代から、近現代までの歩みや、暮らしの道具、文化的背景の解説など、物の展示と映像、さらには解説してくださるおじさんまでいて、一回じゃ足りない。時間をかけて何度か通ってじっくり咀嚼していきたい内容でした。

 


かつての首里城にかけられていた「旧首里城正殿鐘(万国津梁の鐘)」。

1458年、尚泰久王(第1尚氏王統・第6代国王)の命令で鋳造され、首里城正殿の前に掛けられました。鐘銘には、琉球王国がアジアをむすぶ架け橋として盛んに往来し交易した時代の気概が表れています。

戦争で火に包まれたので今は黒っぽいですが、青銅で作られていて元々はもっと青々としていたのだそう。
残っていること自体すごいなぁ。(数十分に一度、鐘の音が聞ける!)

 

学校の歴史の授業や取材前の予習で沖縄の歴史を少しは知った気になっていたけれど、街中を歩いていて「あ、これ銃弾の跡ね」と、壁に空いた無数の穴を目の当たりにした時は言葉が出なかった。

 


たくさんの銃弾の痕。

 

私の中で沖縄はゆったりとした穏やかな南国のイメージ。
悲惨な地上戦が繰り広げられた場所とは、すぐに脳内で結びつかなかったのです。
なんて呑気だったのだろう。

日常と地続きの場所に突然現れる傷跡は、この地にどんな事が起きたのかを無言で語っていました。

また、取材の中でも背景をインタビューしていると「資料はみんな燃えちゃったからね」とか「みんな壊されちゃったからさ」と、そのものの歴史が途切れる時があったのだと思い知る機会が何度もありました。

でも、そこで諦めないで仮説と検証で再構築する試みがなされていたり、先人から口伝えに受け継いでだものを作り続けたり、新たなものを生み出したり。お会いした方々の話を伺っていると、みなさん明るくて前を向いている。
その歴史も全て込みで向き合ってきた作り手のしなやかな精神性と、創意工夫の末に生まれたモノに魅了されるのでした。

 

今回、写真もすごい素敵なカメラマンさんに撮っていただいたので記事の仕上がりがめちゃめちゃ楽しみ。

公開されたらお知らせしますので、お読みいただけたら嬉しいです!

小俣荘子(omata shoko)

クラシノキカク 代表 / ディレクター・コラムニスト・施術家
衣食住にまつわるコンテンツの企画・ディレクション。頭蓋矯正と深層リンパドレナージュを中心とした身体を美しく健康的に整える施術。
「心地よい暮らし」を切り口に、心と身体の双方から健やかに日々を愉しむ提案をしています。